
コスモアイル羽咋の歴史は、「UFOで町おこし」という一見突飛な発想から始まりました。1984年の文化祭のUFO展から、『石川県鹿島郡誌』に残る「そうはちぼん」の記録、UFOうどんから始まったグルメ文化、9日間で延べ4万5,200人を集めた国際シンポジウム——そして、本物の宇宙機材を展示する博物館の建設へ。
ここでは、能登の小さな町が世界的な宇宙博物館を生み出すまでの物語をご紹介します。
Philosophy
「宇宙の出島」
という名前の由来
江戸時代の長崎の出島になぞらえて。
「コスモアイル(Cosmo Isle)」とは、「宇宙の出島」を意味します。江戸時代、長崎の出島は外国との交流の先進地でした。鎖国時代の日本において、出島という小さな窓口から世界の文化が流入し、後の発展を支えました。
羽咋を「宇宙人との交流の先進地」とすべく、現代の黒船「UFO」を町おこしの中心に据える——「コスモアイル」という名前には、宇宙規模の視点で世界と平和を見つめ直すという願いが込められています。
コスモアイル羽咋の歩み
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1984年11月
文化祭のUFO展から始まった
羽咋市文化祭で、青年団体連絡会議がUFO展を開催。市の臨時職員だった高野誠鮮氏が提案したもので、2日間の会期に予想外の反響があった。これが「UFOで町おこし」の出発点になる。
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1985年頃
「羽咋ギネスブック」と郡誌の一行
青年団の仲間と半年かけて制作し市内8,000世帯に無料配布した「羽咋ギネスブック」。その調査中、1928年刊の『石川県鹿島郡誌』から「そうはちぼん(鍋のフタのような形の怪火)」の記録を発見。「これはUFOだ!」と気づき、町おこしのコンセプトが決定。
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1988年〜
UFO町おこし団体の結成とUFOグルメ
賛同者を集めてUFO町おこし団体「羽咋青年摩訶不思議倶楽部」を結成。地元うどん屋に頼み込んで「UFOうどん」を開発。週刊プレイボーイで紹介され話題となり、「UFOラーメン」「UFOケーキ」と次々に派生、町全体が「UFOの町」へ。

UFOうどん(三角の油揚げが円盤、生卵が月) - ✉️
1989年
レター作戦と、海外からの取材
ゴルバチョフ書記長、レーガン大統領、サッチャー首相、ローマ法王など世界のVIP約120人へ手紙を送り、AP・AFP・ロイターに情報を流す。海外紙が報じ、市の名士とNASA・国連・ハーバード大学を訪問して国連で記者会見を行った。同年11月には、崩れた直後のベルリンの壁のかけらを取り寄せ、のちに土鈴「UFOベルリンリン」が生まれる。
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1990年11月
第1回 宇宙とUFO国際シンポジウム
テーマは「見つめ直そう かけがえのない地球」。市議会でついた500万円の予算に、企業協賛4,000万円を積み上げて開催した。急に来られなくなったアポロ11号のオルドリン飛行士に代わり、NASA「スカイラブ4号」のジェラルド・カー船長が登壇。9日間で延べ4万5,200人(当時の市の人口の約1.6倍)が来場し、初日だけで1万3,500人を数えた。最終日の大会宣言のとき、市長は舞台の下で涙を流していたという。

「宇宙&UFO展」入口でのテープカット 
米ソ・台湾・日本の講師陣(21世紀の宇宙シンポジウム) - 🏛️
1991年〜
旧自治省リーディングプロジェクト採択
「UFOによる町おこし」コンセプトが旧自治省のリーディングプロジェクトに採択され、52億6千万円の建設予算を獲得。本物の宇宙博物館の建設構想が動き出す。
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1990年代前半
スミソニアンで「本物」の重要性に気づく
米国スミソニアン博物館を視察し、「博物館はレプリカではなく本物を置くべき」と痛感。「日本に本物の航空宇宙博物館はゼロだ」という指摘を受ける。
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1995年〜
NASAとの「100年契約」
担当者がNASAを訪問し、本物の宇宙機材の貸与を直接交渉。借用書に「10 decades(=100年)」と記入し、「香港もイギリスに100年借りられた」と粘り強く説得。NASAは異例の100年契約で実物資料を貸与することに同意。
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1995年〜
ロシアからヴォストーク・ルナ24号を購入
ロシア宇宙局と交渉し、ヴォストーク帰還カプセル、モルニア通信衛星、無人月面探査機ルナ24号を購入。ルナ24号は、完全な形で残るルナ探査機としては世界で唯一と言われる希少資料。NASAに本物確認を依頼してから取引を成立。
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1996年7月1日
コスモアイル羽咋 開館
宇宙科学博物館「コスモアイル羽咋」が正式オープン。NASAと旧ソ連の本物の宇宙機材を多数展示する、世界的にも希少な博物館として話題を集めた。

竣工式・式典 
竣工式・テープカット - 🤝
2007年
指定管理者制度を導入
指定管理者制度を導入し、入場料の大幅な引き下げと運営の効率化を実現。「市民に親しまれる科学教育施設」としての歩みが加速。
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2008年8月
コスモシアターのデジタル化
老朽化した旧式投影機(デジスターII / 1996年導入)を更新し、コニカミノルタの「メディアグローブ」デジタル投影システムを導入。
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現在
AMATERAS投影システムへ
コスモシアターの投影システムを国産の「AMATERAS(オリハルコンテクノロジーズ社製)」に更新。4K/8K対応の最新ドーム映像で、より没入感の高い宇宙体験を提供。
Long Read · Story
11章で読む、宇宙船入手の物語
上の年表だけでは伝わらない、生々しい交渉劇とドラマがあります。郡誌の一行、UFOうどん、東京での企画書失敗、スミソニアンでの教訓、NASAの「100年契約」——本人インタビューをもとに10章で再構成した、読み応えのある長編記事です。
物語を読む(11章)Mission
理念:宇宙と未知への好奇心を育てる
コスモアイル羽咋は、本物の宇宙機材に触れることで生まれる「驚き」と「好奇心」を、次の世代へつなぐ場でありたいと考えます。
宇宙規模の視点を持つことができれば、小さな悩みは吹っ飛び、新しい解決策が湧いてきます。戦争や環境破壊もなくなるかもしれない——現代の黒船「UFO」がそのきっかけを与えてくれる。そんな想いを込めて、老若男女を問わず楽しめる科学教育施設として、地域の宝として親しまれ続けています。